ペシミズムの意味とは?対義語は?3人のペシミズム


ペシミズムという言葉の意味がわからなかったので、
調べてみました。
  
ペシミズム(pessimism)とは、

・悲観主義
・厭世観(えんせいかん)

と訳されます。
  
つまり、

希望を見い出さず、
物事を悪い方に考える姿勢・思考・傾向

といったところでしょうか。
  
ペシミズム「pessimism」は、英語ですが、
語源は
ラテン語の「pessimum」で、
それは「最悪」を意味します。

ペシミズムの対義語は、
オプティミズム「optimism」です。

オプティミズムは、
世の中を楽しいものと考える楽観的・楽天的な傾向のこと。

オプティミズムの語源も
ラテン語で、意味は「最善 (optimum) 」です。
  

このペシミズムという言葉と共に語られることが多い
歴史上の人物がいます。

今回は、その中から3人紹介します。

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ジャコモ・レオパルディ


ペシミズムの代表とされるのうちのひとつが、
ジャコモ・レオパルディの世界観です。
  
ジャコモ・レオパルディは、
19世紀のイタリアの大詩人(随筆家、哲学者、文献学者としても)ですが、
  
レオパルディの伝記的映画「レオパルディ」によると、
幼いころから
並はずれて優秀な人物であったようです。

厳格な両親のもと、体に障がいがあったこともあり、
窮屈な暮らしをしていた時期もあったのだとか。
  

彼の詩集『カンティ Canti』に
そのペシミズムな世界がよくあらわれています。

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例えば、

Alla luna(月へ)という詩を見かけましたが、

レオパルディの詩(その1)”Alla luna(月に寄せて)”人生の扉(フィレンツェ逍遥)ブログへ

その雰囲気は明るいものではありません。
  
F. ランベッリ 著作の「イタリア的 ―「南」の魅力」では、
レオパルディの思想について

「自然を超越するものは存在しない。(略)
 そして、人間の状況・環境である自然は、
 善良で優しいものではなく、邪悪な性質を持つか、それとも、
 少なくともニュートラルなもので、
 人間の苦に対しては冷淡で無関心である」

ということであるとの説明もしています。
  

また、

三島由紀夫著作の「春の雪」にも
「レオパルジ」(レオパルディ)という背表紙の本が出てきます。
  
ジャコモ・レオパルディの世界観は、
ヨーロッパのみならず、
日本の識者にも影響を与えていることがわかります。
  

アルトゥル・ショーペンハウアー


もう一人、ペシミズムの代表とされる人がいます。

アルトゥル・ショーペンハウアー(ショーペンハウエル)です。

ショーペンハウアーは、19世紀のドイツの哲学者でした。
  
仏教・インド哲学にも通じていて
一切の生は苦悩とし、

・意志と表象としての世界
・余録と補遺
・充足理由律の四つの根拠について

などの著作が有名です。
  
ショーペンハウワーの
厭世的な考えがうかがえる言葉を
いくつか挙げてみましょう。

「貪(むさぼ)り食う動物の喜びと、
 今まさに貪り食われている側の動物の苦しみを足してみたまえ。
 世界には苦痛のほうが多いことが容易に判るだろう」

「幸福な生活とは何かと言えば、
 “生きていないよりは
  断然ましだと言えるような生活のこと”である、
 とでも定義するのが精一杯であろう」

「世界は盲目的な意志である」

「世間でいわれている幸福は、
 これに先だって、苦しみや欠乏があり
 また幸福を得た後も、後悔、苦悩、虚しさ、
 飽満の感覚につきまとわれるもの」

「煩悩に動かされなければ、退屈で味気ない。煩悩に動かされれば、苦痛になる」

「人生は苦痛と退屈のあいだを、振り子のように揺れ動く」

「あきらめを十分に用意することが、人生の旅支度をする際に何よりも重要だ」

「人生には正真正銘の本質的な価値などない。
 人生はただ、欲望と幻影によって動きつづけるだけだ」

などなど。
  
生きることについては、苦痛が多いものであるという
確かに
ポジティブとはいえない考えを持っていることがわかります。

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フリードリヒ・ニーチェ


ショーペンハウワーのペシミズムは、
多方面に影響を与えましたが、

同じく19世紀のドイツの哲学者であるニーチェにも
その影響を強く与えました。
  
ただニーチェは、
ショーペンハウワーのペシミズムとは違う、

強さのペシミズム」というものを説いています。
  
ニーチェのいう、

・世の中に価値などない
・人生に意味などない

という根本の姿勢については、
ショーペンハウワーのものと似て見えます。

人間が悩みをもつのは、人生に意味を求めすぎるからともいいます。
  
しかし、ニーチェは、

世の中は、永久に同じことが繰り返されているにすぎない
(人生は無意味で、どう生きても同じ苦しみを味わう)のだから、

生きるには、そのこと自体を
まずは潔く肯定してしまうほかない、といいます。
  
ここが、ショーペンハウワーと違っているようです。

“生”を必ずしも肯定しないショーペンハウワーとの違いです。
  
また、

そんな生をありのまま全面的に受け入れることで
やっと、強く生きることができるとしています。
  
おおざっぱに説明しましたが、ニーチェの
永劫回帰だとか、超人という用語を考えると理解しやすいかと思います。

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