金子みすずさんの死因とは


今日のTBSドラマ「金子みすゞ物語」で
金子みすゞさんの人生が描かれるようです。

26歳という若さでこの世を去った金子さん、
死因は何だったのか簡単に調べてみました。

ウィキペディアが詳しかったのですが、
それによると、

“遺書を遺し服毒自殺”

だった、ということです。

出典は、矢崎節夫著の『金子みすヾ童謡集』で、
小説家・芥川龍之介も使用したという「カルモチン」を服用したとか。

遺書には、みすずさんの娘を
みすずさんの母に託すことをお願いした内容が書いてあったそうです。

ウィキペディア 金子みすゞ のページ

自ら命を絶った理由


みすずさんが、自殺を決断した理由は、
離婚した(手続き上は不成立)前夫への抵抗心だったそう。

山口県長門市仙崎にある金子みすゞ記念館のホームページにも
みすずさんの生涯について、

“前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び”

との記載があります。

金子みすゞ記念館ホームページ

長周新聞の『話の関門を探し出そう』によると、
みすずさんが死亡した1930年代当時は、
マスコミに

“「金持ちの娘の自由気ままな恋愛の破産」などと、
 軽薄な文学少女の死のように”

書かれた事もあったよう。

しかし、実際は、

●みすずさんの弟の正祐氏(当時実の姉と知らなかった)が
 姉に抱いた恋愛感情を切り離そうと
 周囲が前夫と結婚させた

●そして、その前夫が放蕩者で、
 みすゞさんに性病(淋病)をうつして、詩の執筆も禁止した

●前夫が娘の親権を強硬に要求してきた(ウィキペディア)

などがみすずさんの自殺の主な原因で、
遺族も先程のマスコミの記事の書かれように心を痛めていたそうです。

長周新聞『話の関門を探し出そう』のページ

みすずさんの生涯は、のちに
みすずさんの詩を大いに評価した長周新聞の主幹によって

みすずさんの家族の協力のもと、
世間に正しく紹介されることになりました。


その後、みすずさんが世の中に広く知られ、
詩が再評価されるまで
もう少し時間がかかりましたが、

いまでは、

代表作「わたしと小鳥とすずと」が小学校の国語教科書にも採用され、
たくさんの人から愛されるようになっています。

個人的な意見ではありますが、

それだけに、若くして金子みすずさんを
亡くしてしまった事は惜しまれる限りです。

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