寄生獣 セイの格率の意味とは


漫画が原作のアニメ『寄生獣 セイの格率』を観ました。

原作はまだ読んでいませんが、アニメ版のみについている
副題『セイの格率』の意味が気になったので調べたところ

セイとは、

「生」「性」「正」「醒」「聖」… など複数の意味をもち、

格率(かくりつ)とは、

イマヌエル・カント(18~19世紀の哲学者)の哲学用語で、
「従うべき自分の行動基準、規則」というような意味を持つそうです。


単純につなげると、セイの格率とは、
 セイ(生、性、正…)について行動するときの、自分の判断基準 
ということになるでしょうか。
(以下ネタバレあります)

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確かに、

パラサイト(ミギーら)の行動の基準が、人間の行動の基準とは
全く違うことが、作中で何度も描かれます。

例えば、

ミギー「わからん、尊いのは自分の命だけだ。
    わたしはわたしの命以外を大事に考えたことはない。」
(同じ種族だからといって、特に連帯感は感じていない)

ミギー「人間の行動で特にわからんのが自己犠牲というヤツだな」

ミギー「私の仲間たちはただ食っているだけだろう、
   生物なら当然の行為じゃないか」
(目の前の死に対して、あまり感情を動かさない)

など

人間とパラサイトの行動の違いは
特にミギーの疑問や言葉によってよく指摘されていました。

ミギーは、 自分が生きのびることを第一 に考え、
それにしたがって、合理的に行動するのに対して、

新一(人間)は、誰かが襲われようとしていたら、
助けたいという気持ちが沸き起こるし、
死んでいる生物を目の当たりにすれば、悲しいと感じます。

行動は、 感情 が起因になっていることも多いのが人間の大きな特徴のひとつです。

寄生獣は、一言で語れないさまざまなメッセージがあるので、
何を強く感じるかは人それぞれだと思いますが、

このアニメを観ていると、
人間が、地球上で生きる生物のひとつという視点からいうと
人間とはどんな存在なのか?どういう特徴があるのか?
どう生るべきなのか?などということを考えさせられます。

まさに哲学的ですね。

つまり、アニメの『寄生獣』も

 単にパラサイト出現による人間のパニック状態や、
恐怖だけをを描いているのではないよ 
、ということを

副題からも示しているのではないでしょうか。

アニメプロデューサーの中谷敏夫さんが、
副題を付けた意味について、語っている言葉も残っています。

「サブタイトルの「格率」の意味は、哲学者カントの言葉の訳語ですが、 なんとなく当たり前のように守っている概念みたいな意味合いです。 生態系の頂点だった人間がそうではなくなり、殺す側の論理と殺される側の論理が交錯する…。 「寄生獣」は価値観の根底を考えさせられる、哲学書だと思っているんです! セイには「生」「性」「正」など、原作にちりばめられている様々なメッセージを込めています。」

ピクシブ百科事典より引用)

「寄生獣」というタイトルの意味が、パラサイトをさしているのかと思いきや
実は人間のことを指していることが物語の終盤で明かされるように
人間が地球にとって害悪となっていることも事実です。

主人公の新一は、アニメ最終話で、人間が地球で生きることに対して、
彼なりの結論を出しているので、最後におさらいの意味でも紹介しておきます。

新一「他の生き物を守るのは人間自身がさびしいからだ。
   環境を守るのは人間自身が滅びたくないから。
   人間の心には人間個人の満足があるだけなんだ。
   でもそれでいいし、それがすべてだと思う。
(中略)
   俺たちは みんなここで生まれて
   ほんのちっぽけな点での理解を繰り返し積み重ねていく。
   何かに寄り添い、やがて命が終わるまで。」

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