ジョジョの奇妙な冒険5部OPの鎖の意味とは

ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風(第5部)のアニメを最後まで見て、
とても面白かったので
最近最初からちょこちょこ見直しています。

そこで
 初期のオープニング映像 (2話~21話「Fighting Gold」)で、序盤に
が印象的に描かれているなと思ったのですが

(・ジョルノひとりのシーン 血から鎖が出てくる
 ・アバッキオひとりのシーン 砂時計の下に鎖がたまっている
 ・ナランチャひとりのシーン 切れても切れても現れる鎖  などなど)

アニメ本編では、
鎖というワードは、全体を通してあまり出ていないように感じました。

そこで、アニメの前半のオープニングに描かれる鎖の意味とは何なのか、
調べてみたところ

答えは鎖=運命をイメージしているそうです。

第5部は、全体を通して覚悟や運命、過去や正義、真実への道のりなど
重要なテーマはいくつかあると思います。

鎖は、“縛り付ける”ということを連想させるので、
過去や運命、もしくはボスなどをイメージしているのではとは思っていましたが、

Animage(アニメージュ 2019年4月号)の
木村泰大監督(OP1の絵コンテ・演出も担当)へのインタビュー記事で

OP1のコンセプトは『運命』です。
原作コミック(カラー版)の表紙イラストは
鎖が描かれていることが多くて、
本編で鎖自体は出てこないので、
その意味を考えた結果、鎖=運命という解釈でOPにもそれを使用することにしました。

Animage 2019年4月号 26ページ

と木村監督が答えている言葉がありました。

ここで、鎖=運命ということを念頭において簡単に振り返ってみると、

 ジョルノ は、鎖が血から出ていているので
ディオの息子(体はジョナサン)というその血の運命を背負っている感じで

 ミスタ は、運命の鎖の間を走っていく、

 トリッシュ は、ボスの娘という自分のDNA(鎖の螺旋)になすすべもなく

 アバッキオ の、時の砂時計の底には、
砂のように戻すことができない 鎖がたまっていて、

 ナランチャ は、何度も鎖をひきちぎる(けどまたあらわれる)

 フーゴ は、あまり鎖と絡んでいないように見えるので
まだまだ運命を感じるのはこれから(本編後)なのかなと思わせ

 ※第5部本編後のフーゴが中心という小説が出ています(上遠野浩平 著)

 

 ブチャラティ は、鎖を見据えながらも進むべき方向へ歩いていく。

その後

右手(おそらくジョルノ)が鎖をひきちぎる映像がでることで、
以降、鎖がなくなり、
最後も、鎖が植物に変わってちぎれ、立ち消える描写で終わる

という感じでしたでしょうか。


このへんは、それぞれが関わるスタンド能力とも関係のある映像になっているので、
原作も読み込めばまだまだ考察のしがいがありそうです。

誰もが逃れられない運命がありながら、それでも生きる意味とはなんなのか、

1回目のアニメ視聴で、彼らの戦いに心を打たれたので、
これから個人的にゆっくり振り返っていこうと思っています。

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